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大人の少女漫画好きのマンガ評

この残酷な世界を目をそらさずに読めるだろうか、堕ちた魂を描く『残酷な神が支配する』(萩尾望都)

現代少女マンガ界の偉大なる母と言われる、萩尾望都。
漫画家人生40年を超えた今でも新作を発表し続けるその存在はあまりにも偉大で、リアルタイムのファンはともかく若い人には大御所過ぎて実際の作品には触れたことがない方も多いのでは。

彼女の代表作は「ポーの一族」や「トーマの心臓」「11人いる!」といくらでも挙げられますが、ポーやトーマは崇高すぎるというか、敷居の高さを感じるという人には、今回の「残酷な神が支配する」をおすすめしたい。

上記にあげた代表作が1970年代に描かれたのに比べ、「残酷な~」は1992年という比較的最近(それでももう20年以上前なのだけど…)に描かれた作品で、非常にドラマ性の高いサイコ・サスペンスとなっています。萩尾作品の中ではもっとも長編の全17巻の大作。

とはいっても、「残酷な~」の敷居が低いかというと全くそんなことはありません。むしろテーマは全作品の中でも一番重くしんどいものではないかと。初見の方は、主人公に襲いかかる悲劇の連続に、ただただ圧倒されることでしょう。

栄えある「第1回手塚治虫文化賞優秀賞」の受賞作でもある本作が取り扱っているのは、同性愛、未成年に対する性的虐待、近親相姦、男娼(売春)といったセンセーショナルなもの。

義父からの陰惨な性的虐待を受ける若干15歳の少年を中心に描かれるストーリー。その痛ましい描写には序盤でギブアップした読者も多い。そういう意味で、ファンの中でも賛否両論のある作品でもあります。

しかし、例え目を背けたくなるほどに残虐な描写があろうとも、この作品は読む価値があると思う。

人が人の魂を救済することの難しさ、人間が背負っている罪の重さ。凡人にはとうてい真似できそうにない奥深い表現力で作者は最後まで手を抜くことなく、この大作を描ききります。
読み終えた後は、やっぱり萩尾望都は間違いなく天才だと。そう思わずにはいられないはず。

14歳の少年ジェルミは、母子家庭のボストン暮らし。夫を亡くし一人息子にベったりの少し頼りない母サンドラと2人、気楽な生活を楽しんでいた。そんな中、母サンドラがイギリスの紳士グレッグ・ローランドにプロポーズされる。幸せに打ち震えるサンドラ。
しかし、紳士だと思っていたグレッグは、サンドラの幸福を盾に、ジェルミに肉体関係を要求してくる。
親子でイギリスに移り住むことになったジェルミは、その後もグレッグの性的な虐待を受け続ける。
グレッグの虐待は次第に残酷性をましていき、心身ともに追い詰められたジェルミは、グレッグを車の事故に見せかけて殺害する計画を考え出す。しかし、その計画は、グレッグとともに愛する母サンドラをも失う結果となった。

お金持ちと結婚して幸福を手に入れた母サンドラ、何も知らずに恵まれた生活を謳歌する家族たち、絵に書いたようなローランド家の幸福の影で生贄とされた少年ジェルミ。その対比があまりにも痛々しい。

もしこの舞台が日本だったら?あまりの生々しさに最後まで読めなかったかもしれない。

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グレッグのサディスティックな性癖がジェルミの体を蝕んでいく
萩尾望都『残酷な神が支配する』(小学館文庫)2巻より

ストーリーは、大きく前半と後半に分けられます。
前半は、ジェルミが義父から性的虐待を受けて次第に狂っていく(殺人を考えるまでに)が淡々と描かれる。
そして殺人が成功したあとの後半は、グレッグとサンドラの亡霊から逃げられないジェルミのトラウマと、グレッグの息子イアンが父の死の真相を知り、ジェルミを再生させようとするうちに彼を愛してしまう展開となります。

恐ろしく歪んだこの残酷な世界、一番罪深いのは誰か?ジェルミを鞭打つグレッグか?虐待を受けていることを誰にも言わなかったジェルミ本人か?傍観していたローランド家の人々か。

もちろん同性の保護者から虐待されるというのは死に値する恐ろしい苦痛である。しかしジェルミの本当の苦しみは、それにはとどまらない。
彼は親の死後、なんとも恐ろしい事実を知ることになる。サンドラは、夫と息子の関係を知っていた”かもしれない”ということだ。知っていたか知らなかったのか、本当の事実ははっきりとは明記されていない。これが辛い。母の真意がわからず、ひたすらジェルミはただただ暗い底へと堕ちていく。
何よりも大切な存在だった母の裏切り…10代の少年にとってあまりにもひどい。むごすぎる。

天使のような微笑みを持つ、愚かな母サンドラ。同じ女性の目から見てもサンドラは弱すぎる。

残虐なまで性的な虐待を繰り返す義父と、夢見がちで依存心の強い実母に、ジェルミの魂は殺されてしまったのである。

子供にとって親は「神」である。親の支配による、子供が受ける呪い、そして愛。子供はすべてを受け入れるしかない。

そして、無慈悲なことに性的虐待の被害者が完全に復活することはない。
カウンセリングに通っても、自分のことを愛する人がいても、その愛を受け入れても、彼の心が再生し休まることはない。
ボストンにいた頃はあんなにも無邪気だったジェルミ、その後の彼の人生が完全な日の光に当たることはないのだろうか。

ただジェルミはひとりじゃない。共に生きていくイアンがいる。ほんの少しだけど、救いのある終わり方。

繰り返し読むたびに深淵へと近づいていく気がする。「残酷な神が支配する」は、まちがいなく読者に濃密な時間を与えてくれる漫画です。

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