いくえみ綾が紡ぎ出す、出会いと別れのオムニバスに酔いしれる『潔く柔く』 (いくえみ綾)
いくえみ綾の最高傑作との呼び声も高い「潔く柔く」は、一人の少年の死から始まる群像劇です。
高校で出会ったハルタ・真山・カンナ・麻美は、いつでも一緒の仲良し男女四人組。しかしハルタは幼馴染のカンナのことが好きで、真山もカンナが好き。そして麻美はハルタが好きで…。小さな隠し事があったある夏の日、ハルタはカンナの家に向かう途中トラックにはねられて死亡する。
カンナ、オレらって離れられない運命な…?
15歳にして亡くなったハルタと残されたカンナを中心に、次々と主人公を変えてオムニバス式に恋愛劇が展開していきます。最終的にはハルタの死からのカンナの再生がメインになっていくのですが、全体的に重苦しい雰囲気はなくさくさく読める漫画になっています。特に前半の恋愛模様が抜群に面白い。
とにかく主役のハルタ・カンナの2人がまごうことなき美男美女なため、2人に想いを寄せている(いた)男子女子、さらにそいつらを好きになった人と、軸を変えてどんどんストーリーの輪が広がっていきます。なにが驚くって、イケメンのすごさね。イケメン(ハルタ)が一人いなくなっただけで、こんなにも何年にも渡って多くの人間の人生に影響しちゃうものなのかと。ミジンコのごとき存在感のパンピーと比べて軽くこっちが死にたくなります。
実際、15歳で男に死なれたモテ系美人がそれをひきずって生きている状況っていうのは、なかなか一般女子には感情移入がしにくいものですが、本作はカンナ以外の目線からストーリーを進めていくため、深い奥行き感があります。友人視点から見たカンナとカンナ本人は、時に全く違った印象になっていて、カンナという人間の不安定さが浮き彫りになっていくのも面白い。
カンナはモテる。古の少女漫画のように、平凡ガールがなぜかモテる展開でなく、彼女は明確に「モテキャラ」として描かれている。親友・百加をして「あんたは周りの男は残らずなぎ倒していくよね」と皮肉たっぷりに言わしめるくらい、容赦ないモテです。そんなわけで、カンナの周りにいる女子達は自分の好きな男がみんなカンナを好きになってしまうので、複雑な嫉妬を隠しきれない状態。特に片思いの中西がカンナにベタぼれ状態なのを見ている百加のドロドロした心境は実に生々しく心をえぐる。いくえみ綾はこのリアルな感情が抜群にうまい。
まるで日常の空気の匂いが伝わってくるかのような、今自分の立っている場所から地続きのようなリアルさが満載なのです。
例えば、胸がおっきくてちょっとぶりっこな女子が出てくる、女読者としてはこんな女のどこがいいのか?って思うけど、そいつの彼氏がさらっと「女子が嫌うのはわかるけど、男としては好きなのよ」的なセリフを言う。下心のみってわけじゃなくて、ワガママやらぶりっこやらも女の魅力なんだと。正直これには納得せざるを得ない。世の中、顔も性格も良い子だけがモテるわけじゃあ決してないのよね。
他にも、いい関係でいた恋人同士の男が突然「俺、結婚する」と言い出す。もちろん女は自分のことだと思うけど、相手は別の女との(出世を含んだ)結婚が決まったと。でもなぜかそこで別れ話にはならない。大人の世界では、恋愛=結婚では必ずしもないのだと気づかされるシーン。そんな男のずるさに気づきながらも、言いたい言葉が出ない女の未熟さが切ないほど伝わってきます。
エピソードの中で個人的お気に入りは、麻美の話。15歳の時に主要人物でありながらカヤの外だった麻美が、あの事件をどう消化していくのか。二重の意味で傷ついた麻美が自分の居場所を見つけられたのがうれしく、ちょっと切ない話が多い中で最もほっこりさせられるエピソードとなっています。
人生ってのは、出会いってのは、本当に不思議なもの。
なんかしらの影響を受け、与えて、そして人は出会って別れる。でも生きていればまた交わる時が来る。
永遠の別れを経験した主人公たちは、多くの出会いを経験して生まれ変わっていく。
どこかで誰かと繋がっている。リンクしながら世界は回っている。
いつか大事な人と出会うときは、今より素敵な人間になっていたいな。そんなことを考えてしまう、読後感の良い作品です。