元りぼんのベテラン谷川史子が、大人の女性に贈るオムニバス『おひとり様物語』(谷川史子)
りぼんっこならお馴染みの谷川史子先生。
りぼん本誌初掲載「きみのこと好きなんだ」をはじめ、「各駅停車」「くじら日和」「きもち満月」「君と僕の街で」と短編中編なんでもござれ、たくさんの作品を世に送り出している作家です。特に短編の構成力の高さに定評あり。
昔からのシンプルで可愛らしい絵柄は相変わらず、何より彼女の作品の魅力は、その清々しさ。
無駄なお色気シーンは一切排除し、少女漫画特有のべたっとした嫌らしさもなく、あくまで初々しく心地よい読後感を与えてくれます。清涼剤のような爽やかさと、ホットココアのような温かさを持つ唯一無二の少女漫画家、それが谷川史子です。
そんな彼女が、ここ数年は大人の女性に向けた作品を次々に送り出しています。りぼん時代は、黄金期を支えながらも、むしろ前線から一歩引いたイメージがあったのですが。
本作「おひとり様物語」は、昔からオムニバス短編を得意とした彼女らしい、嫌みのない作品になっています。逆に、リアルなえぐさはないので、そのようなものを求めるひとにはちょっと合わない作風かも。
「おひとり様」という言葉が市民権を得てはや数年、表面的には「自立した大人の女性」という意味を持ちながらも寂しい独身女性の強がりという偏見でみられることが多く、あまり良いイメージはない言葉。本作もそんなインパクトを与えるズバリなタイトル。作者が谷川史子でなかったら、さぞかしきつい現代アラサ―女子の話かと思ったか。
しかしそこはやはりベテラン。あくまで谷川節で、ほのぼのとした中にも凛とした強さを感じます。その視線は一貫してやさしく、あたたかい。
休日は好きなカフェを巡り、夜はお気に入りの椅子で好きな本を読む、そんな一人の時間が何より大好きな「おひとり様」の書店員・久里子。一話目らしく、「おひとり様」のテンプレ通りの主人公が登場。と思いきや、初めての彼氏に振られてひとりを経験する女子大生や、バツイチ女性、同棲中なのに彼との生活時間が合わない孤独な女性、まだ男とつきあったことがない女子大生、母子家庭の母から自立するOL、本当にいろんなタイプの「おひとり様」が続々と登場してきます。
さらっと書いているくせに、思い当たるんですよ。
一人時間の愛しさや、恋人と別れた後の喪失感や、実家を出る時の寂しさ、同じ職場で働く元恋人との微妙な関係…等々どこかしら読者とかぶるエピソードが満載で、
「なんだ、おひとり様って全然特別じゃない、普通なんだ」って教えてくれるんです。
誰だってみんな悩みがあって、孤独を抱える時もあって、生きているんだ。
「ちゃんとひとりになろう」
「このぬくもりも自分でひとつずつ選んできたものだから」
「いつかこれでよかったのだと思いたい その日のために今は声をあげて一晩中だって泣くんだ」
自分の行動に責任を持ち、最後はいつも現状を受け入れ、未来へむかって前向きに生きていこうとする。これが、谷川流「おひとり様」の強さです。
彼女の作品のヒロインはどこにでもいる普通の女の子ばかり。だからこそこの作品を通して、平々凡々な自分の中にも「強さ」が確かにあるんだってことを思い出させてくれるんです。
また、「おひとり様物語」では、大人の女性の片思いが度々描かれています。
学生時代のまっすぐな恋心と違って、しがらみがあったりプライドがあったりかけひきがあったり、大人の恋愛というのはこと面倒なもの。更にそれが片思いとなると、もう「こんな年で片思いなんてしている時点でどうなの?」と一歩も二歩も引かせてしまうもの。そんな気恥ずかしさと、それでも恋のときめきを忘れらないこそばゆさを併せ持つ、それが「大人の片思い」。
仕事だったらがんばった分だけ成果が出る、友達だったら誠意を見せれば仲良くなれる、でも好きな人の特別になるってどうしてこんなに難しいのか。
頭でっかちになりがちな大人の片思いを、あくまで自然に描くその手腕はさすがです。
・恋に後ろ向きな30歳の本屋店員が、10歳も年下で彼女もちのバイト君を好きになる話
・人妻と駆け落ちしたお人よしの同僚の男が、逃亡先から自分だけに連絡をしてくる話
・妻子のある人と付き合い続けて3年目、けして同等の関係でなかった恋を終わらせようとする話
どれもハッピーエンドではないのですが、切なく前向きなラストには、作者の優しい励ましを感じます。
見た目はあくまでファンタジーできれいな谷川史子の世界。だけどじっくり読むと、確かにもう一人の自分がそこにいる。肩ひじ張って読む必要のない自然体な作品、そんな漫画に出会えるのって本当にラッキーなんだと思わずにはいられません。