おっさん好きのお母さんは、夏祭りの夜に450歳年上のお父さんと恋に落ちた 『町でうわさの天狗の子』(岩本ナオ)
信仰が根付いている田舎のなんと魅力的なことか。人が自然を敬い、神様や妖怪が普通に会話にあがるようなジャパニーズ精神を刺激するような世界観。ああ、たまらない。
ただ田舎なだけじゃない、そこで生まれた文化や宗教が人々の暮らしの中に溶け込んでいるのです、ごくごく自然に。人々には天狗も狸のまったく同列のものとして存在している。
そんな情緒あふれる田舎のスローライフを見事に描ききっているのが「町でうわさの天狗の子」。
どこにでもある平凡な田舎町。数時間に一本しかない電車やバス。
どこか幼さを残した高校生たちに、顔見知りの大人連中。そして町をお山の上から見守り続ける天狗様。
町の高校に通う主人公、刑部秋姫(あきひめ)は天狗の父と人間の母から生まれたハーフの子。人より少し大食いで力持ちだが、中身はごくごく普通のちょっとトボけた女子高生。
がっつり和風ファンタジーかと思いきや、父親がたまたま天狗だったという身上の女の子の、等身大のラブストーリーとなっています。あくまで、ゆるくて素朴。ほのぼのギャグも満載です。
キャラクターはみんなやさしく気持ちのいい描かれ方をしているため、例え三角関係であっても、モヤモヤすることはありません。ずっとこのぬるま湯につかっていたい、心地よさ。
女子らしさにこだわる秋姫は、恋の仕方がすごくかわいい。
秋姫は、クラスの王子様タケルに恋をしている。お山の天狗の一人娘である秋姫は、本来であれば中学卒業後はお山に入って天狗の修行をしなくてはいけなかったのに、タケルに毎日会いたい一心で高校へ進学した。
そう、出世欲があり強さにあこがれる男ならともかく、恋する乙女にとって「天狗」になる将来なんて、これっぽっちも興味がないのだ。10代の女子にとって、好きな男の子と挨拶を交わすことや、友達と一緒にアイスを食べに行く放課後に勝る幸せはありません。何より、もじゃもじゃの鳥類になるなんて、絶対絶対ありえない。
なので秋姫はあくまで天狗の修行ではなく学校生活の青春を選びますが、そこでお目付け役として一緒の高校に通って秋姫の傍にいるのが幼馴染の瞬ちゃん。
瞬ちゃんは秋姫の父に拾われた捨て子で、秋姫と違い、立派な天狗になるために修行中。長女の秋姫が太郎坊で、2番弟子にあたる瞬ちゃんが次郎坊、そして三郎坊・四郎坊…とお山の面子がいます。(三郎坊以下は人語をしゃべる狐や狸といった獣たちなのだが、こいつらの愛くるしさといったらない)
「ちゃんと修行をしろ!」
(スカートを短くした秋姫に対して)「なんだそりゃ今すぐはきかえてこいっ」
「ひとりで遠くに行くな!」「バカっ」
と小姑のような瞬ちゃんだが、幼い頃から秋姫をずっと見守り続ける男の中の男です。
彼の男前のところは、口うるさくしながらも決して束縛することはなく、基本的には秋姫の好きなようにやらせてあげている点。その結果トラブルが起きても、瞬ちゃんは近くにいて必ず秋姫を助けてあげている。
本人の意思とは裏腹に天狗の力がどんどん大きくなり不安になる秋姫に対して、
「お前は心配しなくていい お前の心配は俺がする」
こんなスーパーかっこいい台詞も、普段の行動が伴っている瞬ちゃんだから言えるのです。もう、本当に近年の幼馴染キャラの中でもベスト1の包容力とかっこよさだわ、瞬ちゃんは。
他にもクラスメイトたちや天狗の仲間など、たくさんの魅力的な人物たちが次々と登場してきます。
特にユニークで男前のクラス女子との友情物語は、前半の大きな盛り上げ要因。秋姫のクラス女子達は、なんだか少女漫画っぽくない脇役顔でギャグ要因かと思いつつ、すっと恋愛側に自然に入り込んでくるのがすごい。
確かに田舎の高校女子ってこのくらいの子(中の下?)が一番リアルではあるのですが…。
あまりにのびのびとしすぎておおらかなため、最初はちょっととまどうくらいだけど、読めば読むほど味わいがある作品です。
町でうわさの天狗の子(岩本ナオ)
連載雑誌:flower(小学館) 発表年:2001年
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